Take it easy.

A life spent making mistakes is not only more honorable,
but more useful than a life spent doing nothing..

冬城オルタナティヴ

23
2017  07:39:01

原作至上主義者、とある一つの真理に気付く。

突然ですが、今日はとても当たり前の話をします。

映画監督が作り出す映像は、どんなに頑張っても、(小説や芝居を見て)それぞれのユーザーが心中に思い浮かべる映像には勝てないってことに気付いてしまったのです。



「散歩する侵略者」の映画を見たんですよ。
あの黒沢清監督が、イキウメの舞台を映画化というので「うぉぉ!」ってテンション上がりまして。
「散歩する侵略者」は数年前の舞台なので、わたしは未見でした。
これから11月に再演するんで、チケットとったんですけども。それはそれとして、映画は9月公開。映画館で見るんであれば、どうしても"派生作品"である映画の方を先に見ることになります。

うむむ……としばらく悩んだ結果、思い切って映画を先に見ることにしたのです。

「散歩する侵略者」は、数日間失踪していた夫が宇宙人になって帰ってくるという話です。
その宇宙人が地球を侵略する手法がすごくユニーク。彼らは侵略する際に、まず、人間が持っている"概念"を盗むんです。
人間が持つ社会性や文化を学習するためなのですけども。
"概念"を盗むと、盗まれた人間はその概念を無くしてしまうのです。

例えば、「所有する」概念を盗まれてしまった青年は、モノに執着しなくなって、なんかHAPPYになっちゃうんですよ(笑)。
実にシブイ展開です(笑)。演劇だったら、ここでゾワッとくるところです。
でも、見たのは映画です。わりとサラサラッと流されて、話が先に進んでいきます。

で、まあ、ネタバレしないように説明すると、クライマックスでいよいよ宇宙人が地球に本格侵略してくるわけですよ。
そうすると爆発系シーンが混ざってくる。
これがね、個人的にキタわけです。
物語的に、爆発を映像で表現しないといけないのは分かるんです。
そんなにCGがへぼいとかないですよ。ちゃんと描いてました。お金かけてます。黒沢清監督です。

でも、わたしイキウメの舞台を何度も見てるので、この爆発を演劇だとどうやって表現するか想像がつくんです。
舞台であれば、それこそ、爆発シーンをさらっと流しちゃうんですよ。
描きたいのはそこじゃないから(笑)。
物語的には、爆発シーンは「おまけ」なんですよ。主題はそこじゃないの。

演劇ではさらっと流せるけど、でも、映画だと、映像化しないといけないから、さらっと流せないんですよ。
そこで盛り上げないといけない。
すると、なんだか爆発シーンやクライマックスの盛り上がりが、逆にチープに見えてしまう。
個人の想像力を使わせてくれず、丁寧に映像で表現しちゃうから。それが逆に安っぽく見せてしまうんです。
でも、映像化するにあたって、爆発シーンを入れないわけにはいかないでしょ。

いやー、難しい話だなと、ひとり納得。

結論として「散歩する侵略者」は映画向きの物語ではなかった。ということが言えるかもしれないのだけど。
それはそれとして、
わたくし、自分の禁を破って、初めて原作よりも先に"派生作品"である映画を先にみるという試みにトライしてみたわけです。
ちょっと失敗したかな~と見た直後に思ったんですが、
でもこれはこれですごく気付きがあったので。とてもよい経験をしました。

冒頭の話を結論として、もう一度書きますね。

よく映像化された作品を見たら「原作の小説の方がいい」とかいう意見が多く出るじゃないですか。
あれって、なんだろ。原作至上主義者の戯言扱いされたり、保守的な意見だとか言われたりしますけど。
そうじゃなくて。「映像化されたものよりも、原作の小説の方がいい」っていうのは、構造的に引き起こされていたのですよ。
その個人の好みの問題ではなかった(!!)のではないかと。

映画ってお金かかるじゃないすか。役者を使い、ロケを行い、火薬を使い……。
それでも、なんと、小説や芝居を見て、個々人が心中に思い浮かべる映像より上のものを表現することができない、んですよね。
(ま、いちおう"できないことが多い"と言い添えておこうかな)

人間の想像力ってスゲーなと改めて思いました。
そして、11月のイキウメの舞台を楽しみにします(笑)。
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 気付き。

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